「法事Q&A」という本を読んでみたところ、喪主の挨拶というのはやはりその家の家長たる父親がやるのが一般的らしい。そういえば「東京タワー」でもオカンの葬儀でオトンがやってたなぁ。でも「栄子と私は…」で号泣して終わってたけど。
しかし我が家の場合、親族一同から親父ではなく俺が挨拶すべきだとやいやい言われている。というのも親父は子供の頃からアウトローというか、伝統や慣習めいたことが嫌いで皆が真面目にやればやるほどおちょくりたくて仕方がなかったらしく、法事のたびに大ひんしゅくを買うようなことばかりやらかしていたらしい。
例えば念仏を唱えてくれてる坊さんのツルツル頭におばあちゃんのヘアピースをかぶせたり、線香に火がつかないなと思ったらカビた素麺に色をつけたものとすり替えていたりと、毎回いろんなイタズラをしていたそうだ。そして自分の父親であるおじいちゃんの葬式では、遺影にラクガキをしておじいちゃんをパンダに変身させてしまっていた。
さすがにその後は親父の留守を狙って法事を行なっていたので難を逃れたらしいが、自分のつれあいである俺のおふくろを亡くしたとあっては出席しないわけにはいかないからな。
昨日の通夜はなんとも真面目くさった顔で弔問客の応対をしていたし、おふくろの遺影にも今のところラクガキはないし、線香も異常なし。今日の喪主の挨拶もこのぶんで真面目にやってくれるといいのだが。
…と思っていたら、最後のお別れでおふくろの顔をみてのけぞった。まぶたにぱっちり目が描いてあったのだ!
さすがに「親父!いいかげんにしろよ!」と怒鳴ったら涼しい顔で、
「これが俺なりの供養だ。人生何事も笑いに変えて生きていくってのが俺のポリシーで、カミさんはそこに惚れたんだ。結婚して以来ずっと俺のやることなすこと大笑いして楽しんでたよ。だから最後まで笑いのネタとして見送ってやる。皆が笑って笑って、涙が出るくらい笑顔になってやるほうがカミさんだって嬉しいに決まってるだろうが」
ぐっと詰まって、またおふくろの顔を見つめた。あぁ、いかにも「笑って笑って」って顔してるよ。口の形だって昨日より両端があがってるような気がする。
…親父め。おふくろへの気持ちがぎゅっと詰まったそんな言葉を出されたら、真面目な喪主の挨拶やれなんて、もう言えねえじゃねえか、畜生。

